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わが家の突っ張り式日よけシェードが劣化して、色褪せと破れで見苦しくなりました。
たぶん購入して7~8年経っていますが、布の劣化以外は不具合はありません。

色褪せ部分を切ればまだ使えるんじゃないか?って思ったらがぜんやる気が出てきました。
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どうせならオリジナルなデザインに変えてしまおう!とホームセンターへ。
ハトメパンチとロープを購入。


破れた部分を切り取り、低温のアイロンで三つ折りして端ミシンをかけました。
その後、三つ折り部分にハトメ((アルミ製)取り付けます。




ハトメ穴にロープを通してフロントバーに巻き付けるように固定しました。
フロントバーの両端に穴をあけ、ロープを通してバーが抜け落ちないよう固定しました。
布はあまり短く切れなかったので色褪せ部分はまだ残っていますが、破れはなくなりました。
これでまた少し延命できました。笑

1日降り続いた雨の休日を楽しくすごせたかも。

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連休に突入したものの暑さで外に出られず、以前BSプレミアムで録画していた映画「ベニシアさんの四季の庭」をみました。

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NHKで放送されている「猫のしっぽカエルの手」は時々見ていたので、ベニシアさんがどのような方なのかはざっくり知っていて、イギリス出身で京都大原の古民家でハーブなどの庭仕事を楽しみつつサスティナブルな生活をされている人という認識でした。
なので映画化されたものも、いつもの放送内容がさらに丁寧に紹介されているのだと思っていました。



ベニシアさんの故郷イギリスと違って、蒸し暑い京都の夏の庭仕事は蚊の餌食になるのではないかと思いつつ見ているうちに、中盤で寝てしまいました。
・・・

目覚めたら家族構成が変わっていたので、寝てしまったらしき箇所から再生。



前半庭造りに生き生きしていた映像と比べ、後半はベニシアさんの山あり谷あり人生模様中心でした。
特に再婚された現在のご主人(山岳写真家)のインタビュー内容がちょっと胸に刺さり、自分のことでもないのに傷つきました。
ベニシアさんの連れ子の病気に関する理解のない発言や、ご主人自身の浮気に関するインタビューなど、本人が語る内容が衝撃的。

いろいろあるのが人生ですが、受け入れて乗り越えなければいけない出来事と、そうではない出来事があるのでは…

人それぞれだと思いますが、私はどこで暮らすかということより、誰と暮らすかが重要なのではないかと思うタチです。
趣味云々以前に、本当に気の合う相方がいることが大前提です。

この映画は、前半寝てしまう、後半モヤモヤするというなんだかな~の作品でした。
ベニシアさんの絶望を想像すると、なんだかな~の映画なのに穏やかではいられない気持ちにさせる内容だったのでした。

コロナ禍で4回日程変更した娘の結婚式を挙げることができました。
結局1年の延期となりました。
招待客は最低限にしぼり、酒類提供なしでの結婚式&披露宴でした。
もちろん全員マスクorマウスシールド着用で、丸テーブルには隣との間にアクリル板。
我が家にとって初めての結婚式です。


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こういう場面はドラマや映画で見たことあると思うものの、長い年月を経てこの日を迎え感慨深いものがありました。
私の両親もこんな気持ちだったんだと、遥か昔のことを思い出したりして…
しかし何よりも、娘を託せる人ができた安堵感がありました。

意外だったのは、結婚式が終わった後、しばらく私たちは魂が抜けたようになったこと。
私は探鳥に出かけても心ここにあらず…みたいな感じ。
夫は我が家のメインパソコンを初期化してしまうという普段だったら考えられないようなことをやらかしました。笑
お互いいろんな記録を残していたので、あっ!と気づいた時はゾーっとしたと言ってます。

不幸中の幸いで、別のパソコンに写真だけはバックアップがあった為助かりました。
いるものいらないものをいろいろ断捨離したパソコンは妙に軽く動いております。




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新型コロナウイルスで外出を控えているタイミングでこの本に出会いました。
アガサ・クリスティ 「春にして君を離れ」 早川書房

無題

(あらすじ)
地方弁護士の夫との間に1男2女に恵まれ、よき妻・よき母であると自負し満足している主人公ジョーン・スカダモアは、結婚してバグダッドにいる末娘の急病を見舞った帰りの一人旅の途上にある。

荒天が一帯を襲い、交通網は寸断される。列車の来るあてのないまま、砂漠のただなかにあるトルコ国境の駅の鉄道宿泊所(レストハウス)に、旅行者としてはただ一人幾日もとどまることを余儀なくされる。何もすることがなくなった彼女は、自分の来し方を回想する。やがて彼女は、自分の家族や人生についての自分の認識に疑念を抱き、今まで気づかなかった真実に気づく。


衝撃的な1冊でした。

アガサ・クリスティーといっても何も事件が起こりません。
主人公の心理描写だけです。
この物語が書かれたのは100年前で、時代を経ても人間の心理は変わらないことに驚きました。

緑の文字部分はネタバレを含みますので読み飛ばしていただいてもOKです。
列車を待つ長い時間主人公は過去を振り返り、不信に感じながらも聞き流した人の言葉や行動から哀しい真実がほどけていくのですが、すべてうまくいったと信じていた人間関係は、実は誰からも必要とされない人間だったことに気づきます。
それに気づきながらも結局変わることを選ばなかったことで、主人公は生涯孤独な道を選ぶことになります。
ひとつ疑問に思ったことは、一度気づいてしまったことを今後何もなかったように生活できるのだろうか。
ラストで夫のひと言が胸に刺さりました。



ぐいぐい引きつけられて一気に読んでしまいました。
読み終わってしばし茫然…
もう一度読みたいと思わせる本でした。
誰しもひとつくらい自分と重なる部分があるんじゃないかな?


少し話しは逸れますが,キャンサーギフトと言う言葉があります。
私は夫の罹患により、今まで支えられいかに幸せだったかということに気づきました。
それは、強烈な不幸がやってきた為幸せのハードルが下がったというわけではないんです。
日常のすべてが当たり前の出来事で、感謝という気持ちがなかったということです。
夫が癌という病気にかからなければ、生活のそこかしこに幸せが転がっていることに気づかなかった。

普通に仕事ができる幸せ。
ごはんがおいしい幸せ。
ぐっすり眠れる幸せ。
今日という日が平和に終わる幸せ。
明日がくる幸せ。
他にもいっぱいあります。


そして誰にも平等にそんな幸せに終わりが訪れるということ。
すべての人は致死率100%なのです。
わかっているつもりだったけど、命の期限をリアルに感じて意識が変わりました。

今はまだ経過観察中なのですが、取戻しかけている命を大切にするため自分のやるべきことをやるのみです。
この本を読んで、上っ面の自己満足にならないよう寄り添い続けることを肝に銘じました。